人生で「やりたいこと」を実現する公式は、
(『自分の力』+『(A1,B1)な人の力』)×y≧困難度
y=「残された人生の時間の中で人とコミュニケーションできる時間」
なんじゃないかと思った。
で、勘違いしてはいけないのは、一番大事なのは『自分の実力』だということ。
自分の実力なくして『(A1,B1)な人の力』もへちまもない!w
そもそもなぜ他人がB1になってくれるのかというと、その人の「実力」や「実績」に惹かれての結果だからといえる。
つまり自分の実力が上がれば上がるほど、たとえ今まで(A1,B2)だった人でも、(A1,B1)に変化する率が高くなる。(日本語で言うと「見直した」という言葉か?)
なので、人生においては「人脈作り」よりも、まず自分の実力を上げることが一番大事だ!
ドラクエⅤで例えると、そもそも仲間にしたいモンスターを倒せないレベルなのに、そのモンスターを仲間にできるわけがないのだ!
「セミナー」「勉強会」「異業種交流会」みたいなところで名刺を手裏剣のように配り、知り合い(名前を知ってるだけの人)を増やす「意識が高い人」は、結局「(名刺を配る)意識(だけ)が高い人」なんだと思う。
そういう人にとってはSNSの発達で、従来の「名刺ホルダー」という『バインダー』がweb上の「友達一覧」に可視化されただけだと思う。(むしろ「意識(だけ)が高い人」にSNSは逆効果だとも思う。。。)
ただ、過去の歴史上、実力があるのにも関わらず夢を実現できなかった人は「人生において運悪く(A1,B1)な人に上手くめぐりあえなかった」というパターンもあるのではないだろうか。
ドラクエⅤで、どれだけ主人公を強くしても、たった一人ではラスボスを倒せないのと同じ!!
その状態を先ほどの数式に代入すると、まさに、
(「努力」+「友情」)×y=「勝利」
だw (少年ジャンプは偉い!w)
「努力」と「友情」と「時間(y)」の積み重ねは「夢を裏切らない!」とまでは僕は言わないが、やはり到達できる可能性は高くなるだろう。
そこで、SNS以前の時代に、実力はあるが(A1,B1)な人がいない人たちの『ルイーダの酒場』的存在が、僕が勝手に「アナログSNS」と呼んでいる『大学』、特に『首都圏のマンモス大学』だったのではないかと思う。
地方の国立大学や、首都圏でも比較的小さめの大学は単なる「就職」には有利かもしれない。
しかしそれに対して『首都圏のマンモス大学』は、たいしてカネにならないことにでも命を尽くす、いやカネを出してまで「くだらないこと」に全力投球する、普通の人には到底理解できないヘンタイな人たちが集まる『ニッチでロングテールでマニアックなリアルSNS』と言えるのではないかと思う。
当然、『首都圏のマンモス大学』というSNSのメリットは、
・当然全員実名・顔出し
・複数アカウントなし、
・さらに参加者が同じ学内にいるし、
・「部室」というコミュニティの存在場所もあるので「人対人」間でのアクセスタイムの大幅縮小などがある。
つまり、キャンパスそのものがSNSが具現化した『バーチャルSNS』空間なのだ。『ルイーダの酒場』なのだ!
なので、「出会い」を求めている人には、今の時代でも僕は『首都圏のマンモス大学』を強くお勧めします。
「ソーシャルメディア時代の予行演習」ができると思います。
(僕自身も地方の大学がつまらなくて仮面浪人して「首都圏のマンモス大学」に入りなおしたクチ)
でも、この『首都圏のマンモス大学』という「理想的なSNS」にも当然、デメリットがあります。
・「授業」という全くソーシャル活動に関係のないものに出席しなければいけない。
・学費が高い。
・それが払えない人間は卒業後も「日本育英会」という負の十字架を背負うハメになる。
・東京にあるために地方から(A1,B1)な人を求めて上京して来た人にはさらに家賃・食費などの滞在費がかかる。
・それが払えない人間は学生寮に入るしかなく、寮行事などでさらに時間や労力をとられる。
つまり、幸い(A1,B1)な人に出会うことができても、肝心のyがガンガン削られていくのである。 (しかしそんなデメリットをはねかえせるくらい「出会い」に飢えている人には向いていると思う。)
その後登場したmixiに代表されるSNSはインターネットゆえにデメリットも多いが、仕事の空き時間でも、移動中でも、トイレの中でも、旅の途中でも、
「いつでもどこでも『ルイーダの酒場』にぶっ飛んでいける」
という大きなメリットがあった。
つまり生活における細切れなyをデフラグ的に有効活用できるのである。
ただ、時代やシステムは変われど、変わらないものは、
『人生とはこの世界中に散らばっている(A1,B1)をyの続く限り探し続ける旅である』
ということである。
誤解を恐れずに言えば、「(A1,B1)な人」は自分にとっては「夢」の実現に欠かせない『バインダー』中の『激レアカード』なのだ。
(同時に自分自身もその人にとっては存在そのものが『激レアカード』になっているといえる)
その『激レアカード』を集め、『バインダー』を埋め尽くすことができれば、もう怖いもんなしである!!
逆に言うと『バインダー』が(A2,B1)や(A2,B2)で埋め尽くされている人生ほどつまらないものはない。
人生において特にやりたいことがない人は、そもそも目的や夢自体がないため『バインダー』がガラガラである。(いい・わるいは別として)
けど、人間という「非常に弱い生物」の特性上、その「バインダー」を埋めたくて埋めたくてしょうがなくなる。
で、ガラガラの『バインダー』に入った少数のカードにその人のyが集中する。
しかし、目的や夢がある人にはそういう『レアでないカード』は「y泥棒」でしかなくなるのだ。
これが私が、
「ほうっておくと『バインダー』に(A2,B1)な人がどんどん増えていく。」
という理由だ。
なにが言いたいのかというと、
『バインダー』中の「主力メンバー+馬車メンバー」を「(A2,B1)な人(例;ドラン・ミネア等)」ではなく「(A1,B1)な人(例;グレイトドラゴン・ピサロ等)」で埋め尽くせれば最強!
と言いたいのである。
それが僕の『A1理論』だ!
~追記~
これも今の僕にはものすごくこころに響く2007年4月14日のmixi日記のリライトです。
この文章を書いてくれた2007年4月14日の自分!ありがとう!(アホかw)
さて、上記の「意識の高い人」(笑)の部分は僕が今回付け足した部分です。
『首都圏のマンモス大学』に行っても「意識の高い人」は膨大にいます。
でも、諦めずにカードをめくり続けるしかないですね。4年もあるのですから。
あと、最近の僕は、人生においても、ソーシャル活動においても「心」「技」「体」のパラメータをバランス良く上げていくことが大事なんじゃないかと考えはじめて来ました。
「心」=コミュニケーション能力(「A1理論」理解力)
「技」=お金を稼ぐ技術力(仕事力)
「体」=行動力(サバイバル能力)
「意識の高い人」は、肝心の「技(お金を稼ぐ技術力)」なしに「心」だけ磨いた「他人とコミュニケーションしたいだけの意識高い系」や、「体」だけある「顔は広いがなにがしたいのかわからない意識高い系」な人が多いんじゃないかと。
なので、(笑)や()が付くんじゃないかと、今は個人的に思っています。
ちなみに2013年の僕は、この「心」「技」「体」もソーシャル化しています。
「心」=このはてなブログとtwitter(A1理論)
「技」=studyplus(仕事の知識を養う資格の勉強ログ)
「体」=facebook(『バインダー』)
それぞれID(名前)が違うので、このリライト前の日記を書いた2007年ほどはソーシャル疲れしていません。
(僕にとっては「ソーシャル疲れしないこと」が人生の大前提なのでw)
この方法、めちゃくちゃお勧めです!