純粋な理性を批判してますな!デカルトさん!!
さすが、ユトレヒト大学の神学教授ヴォエティウスによって、
「無神論を広める思想家」
として非難を受け、そのヴォエティウスとデカルトの争いの沈静化のために、
ユトレヒト市から、デカルト哲学に関する出版・論議を一切禁じられた
だけのことはある!!w
やるな!ユトレヒト市!!
その方法こそが、まさに、
「パーフェクト・プラン(神の不在証明)!!」
しかし、
そんな強引な方法はこの後の序説に過ぎない!!ww
- 作者: デカルト,Ren´e Descartes,谷川多佳子
- 出版社/メーカー: 岩波書店
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しかし、
「我思う、ゆえに我あり。」
が有名なデカルトさんですが、このタイトルのようなことも言っていたんですねぇ。
いい精神をもつというだけでは十分ではない、
大切なことは精神をよく用いることである。
まぁ、
精神が安定してないと、そもそも「我思う」できないですからねぇ。
たしか、中国の孔子か誰かも、
「学問は落ち着いてやれ。」
みたいなことを言っていた。
ところで僕は、
「いい精神」をもっている人はそこそこいる
と思っているんですよねぇ。
けど、
「精神をよく用いている人」
って、
少ないように思える
んですよねぇ。
例えば、
▼日本の労働者。
これと反比例して日本の構造上、『働かないおじさん』は増え続ける。平均化する方法は「ベーシックインカム」しかないと思うんだけど、誰も理解してくれない(笑)ま、俺の考えが早すぎるんだな(笑) / “スーパー労働者にしか給与や地位を約…” https://t.co/kYYeSgz7ge
— A1理論はミニマリスト (@A1riron) 2018年7月3日
教員の世界からしてこうなんだから、その子供達には社畜教育が徹底されるわな(笑)いい子ほど、鬱になるまで働く。 / “働き方:教員にタイムカード導入、議論紛糾 埼玉 - 毎日新聞” https://t.co/S4q7HHVpae
— A1理論はミニマリスト (@A1riron) 2018年7月3日
「いい精神」はこの国にはあふれているんだけど、
その精神は摩耗され続けているようにも思える。
僕のブログ仲間の▼たんたんも同じようなことを言っていました。
仕事に余計な理想論を掲げて労働者も管理側も消耗していることが問題なんだよね。
要するに自分のコントロールできるぐらいに仕事は手を抜いたほうがいいってこと
— たんたん@介護士ブロガー (@tantan4423) 2018年7月2日
会社が悪いというよりかは必要以上に頑張ってしまう人の方が問題なんだよね。
時間で契約しているのに、それに反して頑張りすぎちゃそりゃおかしくなるでしょ?
— たんたん@介護士ブロガー (@tantan4423) 2018年7月2日
それで会社が回らなくなったら新しい社員を補充するかパフォーマンスの悪い社員を切るのがいい。
そういう意味で派遣という働き方が本来の正しい働き方だと思っている。変に所属するから会社に貢献しようみたいな意味不明な感情が生まれる
— たんたん@介護士ブロガー (@tantan4423) 2018年7月2日
自分の身は基本自分で守る。
それで守れなかった時に痛い思いをするのは自分だし。
そもそも痛い思いをしないように立ち回る強さがないと。悪い人間なんてたくさんいるわけなんだし。— たんたん@介護士ブロガー (@tantan4423) 2018年7月2日
僕は来年から、たぶん、また労働者として活動すると思いますが、
おそらく、また派遣社員ですねぇ。
だって、
日本の『正社員』という制度では、せっかくの僕の「いい精神」を「よく用いる」ことができないじゃないかww
僕の『黄金の精神』が保たれないと、ゴールドなエクスペリエンスができないじゃないですか!!w
(「攻撃も跳ね返せない!!」って、あの初期設定どうなった??ww)
僕の人生のモットーのひとつは、
『マイペース』
だ。
僕にとっては、僕の人生の『マイペース』を守ることこそが正義であって、それ以外は、悪だ。
『マイペース』こそが「精神をよく用いる」ことができる、僕の人生の最大の正義だ!!
(下諏訪マスヤゲストハウスの裏の『マイペース』のラーメンの美味さも正義!!w)
病んでまで働く気は毛頭ない。
それが僕の人生であり、何人たりとも僕の思想を侵害する権利なんてないだろう。
なので、僕はおカネなんて「ギリギリ死なない程度」あれば十分だ。
それでも東南アジアの国々の人達と比べたら、かなりセレブな生活をしていると思っている。
毎日、日本食食べてるし。(鍋が多いけどw)
ちなみに、僕の好きなデカルトの言葉は、このブログで何度か書いた気がするけど、
「困難は分割せよ。」
だ。
まぁ、抽象的な言葉かもしれないけど、どんな困難も、
「絶対できる!」
くらいの細かいフェーズに分割し、そこからゆっくり、
「ベイビィ・ステップ」
で進めていけばいつかは克服できるはず。
日本海海戦でロシアのバルチック艦隊を破った秋山真之も、
「戦争に勝つというのは、単なる事務作業の塊だ。」
みたいなことを▼『坂の上の雲』で言っていた。(ような気がするw)
現代日本社会で、病まず、狂わず、政治的なイデオロギーにも染まらずに、
「精神をよく用いること」
は、
『困難』なこと
だろうとは思う。
しかし、その『困難』は、やっぱり『分割』すれば、究極的には事務作業の塊になると思う。
それを克服できず、「精神をよく用いる」ことができないのは、
『困難』を分割する「回数」が足りてないのでは??
と、
僕は時々、思ったりもする。
って、こんなテキトーに生きてる人間が、自身がテキトーに生きていることを『困難の克服!』(キリッ!!)って言いたいだけの記事が『バズってどうする!?』