タイトルのようなことを(仕事中に)考えてた時、ちょうど▼こんな記事を読みました。
「ああ、やっぱりアメリカは進んでるなぁ。」
と思いました。
ミニマムな生活費で、ダウンサイジングして生きる人たち。
家なんてミニマムでいいから、『自分の人生の残り時間』という、どんな家やおカネよりも貴重なリソースを有効活用して生きていきたい、そういう哲学を受容してくれる風土がポートランドにはあると思った。
(ポートランド行ったことないけどw)
日本はいつまでたってもバブルを追いかけていて、
『一億総活躍社会』
とか寝ぼけたこと言ってるけど、そんな日本人にいいことを教えてやろう、
「いや、もうバブル来ないよ。」
とw
来ないバブルの再来を祈願するくらいなら、バブルが来なかったとしても、生活に心配なく生きていける状態を保つことのほうが百億倍以上大事だ。
『20代で隠居』の人が言ってたように、
この人たちの言う『自由』って、マネー資本主義社会の中だけの自由じゃん。
お金がないと自由になれないなんて、超不自由!
私がずっと知りたかったのは、お金がなくても自由になれる方法でした。
と、▼全く同じ考えだ。
日本人は▼ホセ・ムヒカ大統領の爪の垢を煎じて飲めよw
いや、頑張りたい人は頑張ればいい。
でも、それは『趣味の範囲』であって、それを人に押し付けるなよw
あんたが野球上手いからって、俺は野球に興味ないし、上手くなりたいとも思ってないからw
という感じと同じで、
俺は大量生産大量消費社会に興味ないし、そこでの立ち回りが上手くなりたいとも思わねーよ!w
「そんな人間が子孫を残さないから国力が衰退するんだ!」
とか言う人間もいるかもしれいけど、
ぶっちゃけ、そんこと知ったこっちゃねーよ!w
人1人が頑張って子育てしたところで国力なんてたいして変わらねーし(そいつがニートになる可能性もあるわけで)、
人1人に国の命運がかかってる時点で、そんな国は末期状態だw
そんな国なんて滅びてしまったほうがむしろ世のためだw
そもそも「国」なんて概念が出来てきたのは、せいぜい150年前くらいだ。
で、今の時代、日本人以外の国民に「国」の概念はトコトン薄くなりつつある。
21世紀は『個人の時代』なのだ。
そんな時代に「国」単位で物事を考えるなんて▼ナンセンスだ。
貧困を再生産したところで、誰も幸せにならない。
不幸の連鎖は自分の代で断ち切るべきなのだ。
まぁ、そんなことはどうでもいいとして、日本に足りないのは、そんな緩く生きている人たちが安価で住める『ポートランド的な村』だと思う。
アメリカのヒッピーや、フランスのカフェに集まった学生みたいに、ドラッグやったり、デモ起こす気はさらさらないんだから、
ただただ、「生活費の安い村」を作れよw
「俺たちはなにも奪わない、だから俺たちからなにも奪うな!」
みたいなもので、ドラッグやったりデモしたり、する気はさらさらないんだから、ただただひっそりと『余生を暮らせる村』を作ってくれよw
と、言っても、まぁ、ほとんどの日本人には理解不能だろうから、
まぁ、とりあえず、明日も働きますか。
隠居を夢見て!ww
隠居のために、明日も働く!!ww