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藤子不二雄A先生追悼で『トキワ荘マンガミュージアム』へ!そして4畳半のミニマムな部屋で「テラさんのミニマリズム」を考えた。

ミニマムな部屋や、学生寮・シェアハウス・ゲストハウスなどの共同生活が好き、そしてそういう共同生活を描いた物語が大好きなA1理論です!

先日、散歩中にスマホを開くと藤子不二雄A先生の訃報が飛び込んできて、その後、それをきっかけに突発的に豊島区立『トキワ荘マンガミュージアム』に行ってました!今回の記事ではその『トキワ荘マンガミュージアム』の現在の様子をレポートしたいと思います!
『トキワ荘マンガミュージアム』に行ってみたい方、その周辺も知りたい方、トキワ荘をもう少しディープに知りたい方などの参考になれば幸いです!

藤子不二雄Aさんの訃報を受け、突発的に『トキワ荘マンガミュージアム』へ!

僕は特段、藤子不二雄A先生の大ファンというわけではないのですが、僕は1977年生まれで現在44歳なので、子供の頃は「怪物くん」や「忍者ハットリくん」とかがずっとテレビで流れていました。僕らの世代にとってはなんか藤子不二雄両氏は『人生の基礎教養』みたいな感じでした。インフラに近かった。

でも藤子不二雄両氏のマンガってどうしても幼稚園児から小学校低学年向けというか、小学生になったらすでに男の子は少年ジャンプ的なマンガが好きになっていってると思います。実際、僕の小さい甥っ子たちも大きくなるにつれ藤子不二雄両氏の作品からどんどんバトルモノが好きになっていってますw

ただ、藤子不二雄A先生の▼『まんが道』は僕は小学生の頃からずっと気にはなってましたね。なんか他の藤子不二雄両氏のマンガとは一線を画した感じで。タイトルも「〇〇くん」みたいなのじゃないし。でも小学生で『マンガ道』ってシブ過ぎるじゃないですか?なので子供の頃は華麗にスルーしてました。長いしね。

その後、大人になってからブックオフで立ち読みしたり、Kindle本時代になってからは無料で数話読めたりしたので読んでみましたが、他の藤子不二雄両氏のマンガが幼稚園児から小学校低学年向けなのに対して、このマンガは大人向けの『仕事論』、もっというと『人生論』なんだと思いました。そういえばマンガが嫌いなじいちゃんの家にもこの『まんが道』のぶっとい本が転がってたなぁ。

そしてなにより登場人物達が「熱い!」、これが他の藤子不二雄両氏のマンガとの決定的な違いなんじゃないですかね?

学年誌とかアニメの読者層や視聴者層を意識したら、書くほうはどうしても『大衆紙』のような薄く広いマーケット狙いになり、「のび太」的な一般庶民を主人公にせざるを得ないと思う。けど、この『マンガ道』の登場人物達って当時の昭和のマンガ界のエリート集団なんですよねぇ。ドラゴンボールでいう天下一武道会本番みたいな(予選ではなく)。なので「熱い!」というある意味、藤子不二雄マンガ的ではないマンガ。また編集よりも藤子不二雄A氏本人が描きたかったマンガでもあったようです。

という僕もまだこのブログ記事を書いている時点ではKindle版を改めて2巻&ムック本を読んだだけなので、まだ主人公の高校生の2人が兵庫県宝塚市の手塚治虫先生の家を訪ねたところで終わってて、昔、読んだ時の記憶と、今回読んだムック本、そしてネット上やYouTube上の情報を元にこの記事を書いてるのですが、続編の『愛…しりそめし頃に…』を含めるとかなりの長編なので、これからチビチビとゆっくり読んでいこうと思いました。

そして、その手塚治虫先生が宝塚市から上京後、下宿していた四谷駅近くの八百屋の二階からさらに引っ越してきたのが有名なトキワ荘で、手塚治虫先生は2年弱くらいしか住まなかったそうですが、手塚治虫先生の部屋の向かいの部屋に住んでいた漫画家の寺田ヒロオ先生(通称:テラさん)が若くて有望だけど貧乏なマンガ家達を次々と全国から呼び寄せてきて、漫画や仕事の世話のみならず、衣食住などの生活の世話や、時には家賃の面倒も見ていたようです。すごすぎる。。。

その「テラさん」と最初に仲良くなったのが、先日亡くなられた藤子不二雄A先生で、その後、F先生といっしょに藤子不二雄両氏は手塚先生が退去した部屋に(敷金なしで)入居し、そこから次々と漫画家の卵が入居していきました。

そんなトキワ荘は1982年に老朽化のために取り壊されましたが、2020年7月にトキワ荘のマンガ文化を伝える施設として『豊島区立トキワ荘マンガミュージアム』としてオープンしました。

実は僕は同じ高田馬場に住んでいる散歩友達のエスターク君と2020年の9月に深夜の散歩でこの『トキワ荘マンガミュージアム』の前まで歩いていったことあったのですが、僕がめちゃくちゃ感動してたのにも関わらず、エスタークは全く興味なく、スタスタ歩いて行ってしまったのと、そもそも真夜中だったこともあり中にも入れませんでした。

今回、藤子不二雄A先生がお亡くなりになったこと、『マンガ道』を改めて読み直しはじめたこと、このまえの週の土曜日に新宿区の『漱石山房』を訪れて「明治の文豪に集まる若い同志の場所ってなんかいいな」と思ったこと、そしてこの春から僕が本格的にブログマネタイズしようと考えていることなどが重なり、なんとなく「今度はちゃんと『トキワ荘マンガミュージアム』に行ってみたいな。」と思いました。

『トキワ荘マンガミュージアム』は完全予約制なのですが、意外と当日でも予約出来たので家でネットで予約してから行きました。オープンした2020年頃は大人気だったのとコロナ禍が続いていたので人数制限していましたが、金曜日という平日なこともあり、今は当日でもすぐに予約ができました。(ただ当日予約だと現地のシステムには反映されないようです。反映されていなくても入れましたが)

僕の家は高田馬場なので歩いて行っても30分ほどでした。また『豊島区立トキワ荘マンガミュージアム』という名前ですが、場所は新宿区と豊島区の区境のギリギリ豊島区側です。

あと、行くときはカバンやデイパック的な背負えるモノがあるといいと思いました。僕は散歩の延長で手ぶらで行ったので紙の資料を手で持って帰るハメになりました。それと、春や秋はそのカバンにちょっとした上着とかも入れていくといいかも。僕は薄着で行って夕方まで長居してしまったので帰りはめっちゃ寒かったです。

交通手段は新宿駅からバスも出てますが、新宿駅からだと大江戸線落合南長崎駅が便利かと思います。ちょっとした散歩も兼ねて行くなら山手線の目白駅から歩いて30分ほどです。藤子不二雄Aさん達ビンボー漫画家(の卵)は目白駅からトキワ荘までよく歩いて往復していたそうです。

入館料は500円で現金支払いのみです。

『トキワ荘マンガミュージアム』周辺地区で丸1日遊べるよ!

僕は夕方の16時予約で15時くらいに家を出て、目白周辺で寄り道もしながら向かいましたが、初めて昼間に行ったトキワ荘周辺地域は豊島区のバックアップもあり『まんがの聖地』みたいになっていて、関連施設も多く、また平日でも多くの人で賑わっていました。散策マップは▼こんな感じです。スマホに保存後、拡大してもらえればと思います!

▼周辺グルメマップもありました。ただ、食事で狙うとしたらやはり『まんが道』にも度々登場し、藤子不二雄A先生が愛した中華料理店『松葉』さん第一希望で、『松葉』さんが閉まっていたり材料売り切れ閉店だと別のお店、にするといいでしょう。

というわけで、目白方面からまっすぐ進み、「二又交番」を右側に折れて進むと、どんどん▼トキワ荘一色になっていきますw

▼こういうお店もあります!入らなかったですが、入ってしまうと時間がいくらあっても足りなさそうです。。。

しばらく歩くと、でた!▼『松葉』さん!Googleマップ等の営業時間と少し違う感じです。この時間は開いていましたが、僕が『トキワ荘マンガミュージアム』から帰ることには材料売り切れ閉店していました。やはり藤子不二雄A先生追悼のお客さんが多く押し寄せたそうです。

なんか▼こんな施設もできていました。というか今年の11月にオープン予定のようです。この辺、どんどん「まんがの聖地」になっていきますねぇ。そのうち外国人観光客が戻ってきたら池袋駅東口やサンシャイン周辺みたいになりそう。

▼どんどん近づいてきました。初見だとトキワ荘のモニュメントは絶対にスルーしますなw

▼なにがなんでもトキワ荘に結びつける気まんまんなお店w

▼これは帰りの写真だけど、トキワ荘モニュメントまで無事にたどり着けました。

『まんが道』や手塚治虫先生の作品に登場する▼『子育地蔵尊』。

『トキワ荘マンガミュージアム』は庭や外観をマキシマムに楽しもう!!

というわけで『トキワ荘マンガミュージアム』に到着!ここは外観をマキシマムに楽しめるミュージアムだと思いました!!まず、現代の復元されたトキワ荘の庭に当たる広場にはモニュメントや看板がいっぱい!!▼この公園内のモニュメントと看板は『トキワ荘マンガミュージアム』完成11年前のモノのようです。記念公園→10年後くらいに現物の復元、という流れは新宿区の『漱石山房』と同じ流れですな。

▼この看板はかなり新しいですね。

▼こんなレトロでミニマムなカフェもあります!深夜に来た時にはわからなかった。

▼この散策マップも周辺散歩には使えますな。

むちゃくちゃ懐かしい、▼昭和の井戸水くみ上げ機。この昔の井戸水がピロリ菌の温床→胃ガンの原因になったのでけして飲んではいけませんw

▼この時の特別企画展。高田馬場民としては反応せざるをえなかった。

▼当時の電話ボックスも再現されています。なんか「もしもボックス」みたいw

というわけで▼『トキワ荘マンガミュージアム』に到着!この写真は人がいないタイミングで撮りましたが、平日の割に中も外も人が多かったです。

▼よくわからないコラボ作品。

裏手に回ると▼高床式ボットン便所まで再現されていますwこだわりがすごいw僕の親くらいの世代が現役世代ならこれを再現しようとは思わなかっただろうなw

それぞれの4畳半の部屋に個性が出てる!そして水野英子さんの部屋がミニマリスト女子すぎた!

というわけで、予約時間が来たので建物の中へ。本物のトキワ荘同様、靴を脱いで上がります。そして左手のカウンターで入館料500円を支払います。

中の構造や見どころは▼こんな感じです。普通の博物館などとは違い2階の各部屋を見学し、エレベーターで1階に降りて企画特別展示を鑑賞します。2階はリアル、1階がマンガやアニメに関わる博物館、という感じです!

1階は完全に撮影禁止で、2階の撮影可能エリアは▼こんな感じ。撮った写真のSNSやブログなどへの投稿はOKらしいのですが、動画撮影は禁止だそうです。また写真を撮るときは他のお客さんが写り込まないようにしましょう。

▼廊下を撮ってみました!建物が完成してまだ2年くらいなのでピカピカですが、実際のトキワ荘は絶対にもっとボロかったはずwあと、廊下にももっとモノが散乱していたはずw僕やエスタークが住んでた学生寮も廊下にモノが散乱していたからなぁ。

お食事中の方がいたらすみません。▼トイレがやたらリアルですw「エイジング」という加工技術でわざとモノを古く加工しています。

▼共同炊事場。リアルすぎるw僕が少しだけ住んでいた西早稲田のアパートもこんな感じでしたがwそして赤塚不二夫先生が銭湯代をケチって行水した流しが奥の流しですwさすがに僕がいた学生寮でもその猛者はいなかったw

▼模型がリアルすぎる。カビが生えた食パンとかw

▼このラーメンどんぶりは『松葉』さんが当時使っていたどんぶりが店に3つだけあったので譲り受けて展示しているようですwていうか、食べたらすぐ洗えw

▼手塚治虫さん→藤子不二雄両氏の部屋である14号室は単なる記念撮影スポットになっていましたw神様はいなかったw赤塚不二夫先生の部屋である16号室も机以外、特に何もなかったです。大御所の部屋は記念撮影スポットのようです。

▼20号室のよこたとくお先生の部屋です。鈴木伸一先生と森安なおや先生がルームシェアしていた部屋でもあります。むちゃくちゃリアルでモノがいっぱい!

それとは対照的なのが、そのお隣の▼19号室で、モノがほとんどない水野英子先生のお部屋です!トランクひとつで生活しているミニマリスト女子!

▼壁に自分で描いたカウボーイの絵を貼っておられたようです。モノはミニマム!夢はマキシマム!!さすが「女性版手塚治虫」と呼ばれるだけのことはある!

▼上京時に持ってきたトランクひとつで生活していたようです。トキワ荘の紅一点の女性漫画家がミニマリスト!

その斜め向かいの18号室が山内ジョージ先生、というより、いわゆるアシスタントのタコ部屋ですねw資料がマキシマム!!

というわけで、2階は終了で、1階までは一番奥の部屋にある、やけに近代的なエレベーターで降ります。1階ではこの時は▼鉄腕アトムのアニメの特別企画展が行われていました。なかなか見応えあったのでこの2階と1階で500円の入館料はおトクな気がしました。ちなみにこの時は缶バッジももらえました。

この時の缶バッジはなにが当たるかわからないガチャで、家に帰って開けてみると▼こんなのが出てきました。

ラーメン屋さん『松葉』は即完売していた。花月庵『トキワ荘セット』を食べる!

というわけで、『トキワ荘マンガミュージアム』の見学を終えて、来た道を帰ると、前述したように▼『松葉』さんは材料売り切れ閉店でクローズ。

というわけで、行きに気になっていた花月庵というお蕎麦屋さんで▼『トキワ荘セット』を食べてみた!

▼丸いお重にたぬき蕎麦とご飯セットが重なって出てきました!

中身は▼こんな感じ!少食男子にはお蕎麦だけでも十分な量でしたwあと、白米は久しぶりに食べましたwどちらも素朴なお味でした。

あと全然関係ないけど、目白通りと山手通りの交差点付近に▼古着の無人販売店を発見しました。すげえ。

帰宅後は身体が冷えたので銭湯に行き、▼『まんが道』のムック本をKindle版で買っていっき読みしました!

読了後の▼僕の感想ツイート。

藤子不二雄Aは『まんが道』でもムック本のインタビューでも女性の話がいっぱい出てきて俗っぽいな(笑)

Fのほうは女性どころか人間そのものとあまり関わらずに黙々と漫画を生産していく戦闘マシンみたいな性格だから上手くバランスが取れてたんだろうなぁ。 エンジニアと営業マンみたいな感じで。

今だとYouTuberの「演者」と「動画編集」の『分業制』みたいなもんですね。テレビだと「タレント」と「放送作家」みたいな。「秀吉」と「黒田官兵衛」のようなフロントエンドとバックエンドの分業制。同じ漫画家だとキン肉マンのゆでたまご先生もフロントエンドとバックエンドの分業制になっていますね。

最後にトキワ荘のリーダー「テラさんのミニマリズム」について考えてみた。

というわけで、最後にトキワ荘のリーダーである『テラさん』こと寺田ヒロオ先生について書いてみようと思いました。

トキワ荘について調べれば調べるほど、この『テラさん』が完全にキーパーソンというか、ほとんど『トキワ荘』というのはハードの名前で、OS(基本ソフト)が『テラさん』、藤子不二雄両氏や他のマンガ家のたまごたちがそれぞれのアプリケーションとして、それぞれが上手く機能して大きな実績を上げたと思いました。

で、その中で1番大きな役割を果たしたのはこの『テラさん』は、ある意味、手塚治虫先生よりも大きな実績を日本のマンガ界に残したようにも思えます。マンガ家のたまごたちの歓送迎会や日々の会合はもちろん、おカネを貸したり食事をおごってあげたりまでしてるんですから。トキワ荘の『テラさん』は、今でいう『ベーシックインカム』として機能していたと僕は思いました。あと赤塚先生と藤子先生両氏は『テラさん』がいないと漫画家を辞めていましたw

手塚治虫先生は確かに今も昔も「神様扱い」されてますが、やっぱり手塚治虫先生はクリエイター気質で、たぶんコミュニケーション能力はそこまで高くなかったんじゃないかと思う。『2人のジョブズ』でいうとウォズニアックタイプの「技術全振り」タイプ。(たぶん藤子・F・不二雄先生もこのタイプw)

『テラさん』はどちらかというと「技術とコミュニケーション能力のパラメータが同時にそこそこ高い」という比較的レアなタイプの漫画家だったんじゃないかな?僕やエスタークが住んでいた自治寮でいうと「寮長」タイプ。なので『テラさん』は同じタイプの藤子不二雄A先生と気が合って、そこから伝説の『トキワ荘』が出来たんじゃないかと思う。そんな『テラさん』は『2人のジョブズ』でいうとスティーブ・ジョブズ的なタイプなんじゃないかな。でもスティーブ・ジョブズと同じく「こだわり」がありすぎたから、スティーブ・ジョブズと同じく若くして亡くなってしまったような気がする。

特に初期にトキワ荘に集まったマンガ家のたまごたちはこの『テラさん』の「こだわり」を元に日本中から厳選していたエリートたちで、僕は今回、改めてそれを知り「だからこんなに有名な人たちばかりなのかー!」って思った。要は選抜制だった。単なるマンガ好きだけが集まったら吾妻ひでお先生の▼『地を這う魚』(これも名作!)みたいに、結局、数年後もマンガを書き続けてるやつは2人だけ、しかも1人は無名のイラストレーター、みたいな感じになるのが普通だと思う。

今だと有名ブロガーの有料オンラインサロンに入ってても1年後にブログを書き続けてるのはほんの数人で、そのうちマネタイズできてるのはほんのわずか、みたいな感じかな。

そんな将来有望なマンガ家のたまごたちに対して『イズム』を毎晩のように語ったり、時には金銭的援助までしていた『テラさん』。おそらく彼の人生にはおカネよりも『イズム』のほうがよっぽど大事だったんだろうなぁ。4畳半の部屋に住みながら、金銭に執着せず、自分の信じる道を歩んだ。ある意味、それは彼なりの『ミニマリズム』だったのだろう。

「我、人に媚びず、富貴を望まず。」な感じで自分が描きたいモノだけを描き、それが描ける雑誌がなくなるとマンガを描くこと自体を辞めた。もっと上手に時代の波に乗っていれば、そこそこ有名な漫画家として名前も作品も現代に残っていたに違いない。そして、晩年の『テラさん』は『イズム』が強すぎて、マンガ界どころか、世間からも距離を起き始め、最終的には家族とも会わなくなり、最後はひっそりと家の離れで一人で人生の幕を下ろしたという。

『テラさん』は、人にもカネにも媚びずに生きたので、ある意味『ミニマリスト』の鏡とも言えるのかも知れないけど、僕は『テラさん』には申し訳ないけど、僕の個人的意見としては『過去のこだわり』を捨てることこそが、特に男の人生には最も大事なことなんじゃないかな、と思った。

時代は必ず変わっていく。その変わり続ける『時代』と、『自分』を上手に「すり合わせ」ながら生きていく、というのがなんていうか、人生のコツというか、技術というか、セオリーみたいなモノなんじゃないかな?「すり合せる」のと「媚びる」のとは全く違うと思う。大事なのは、白か黒かの両極端で考えるのではなくて、常に人生を『チューニング』し続けることなんじゃないかな?

藤子・F・不二雄先生は学習雑誌の表紙を飾る、一見、小学生向け漫画家のようで、実は短編集で本領発揮、みたいにマンガを描きわけているし、このまえの週に僕が訪ねた新宿区の『漱石山房』の夏目漱石は作品ごとに作風もテーマもがらっと変えている。つまり書き分けている。描く人(書く人)は同じでも、売れてきたら各作品ごとに徐々に『読者マーケット』をずらしていけばいいんだと思う。手塚先生なんてその好例ですね、僕なんて手塚作品は苦手だけど『アドルフに告ぐ』だけ何度も読んでるし。ジョジョも2部と5部が飛び抜けて好きですw

2020年のトキワ荘マンガミュージアムのオープン時のテーマのひとつが『寺田ヒロオの再評価』だったらしいですが、僕も今回、改めて手塚治虫先生よりも、『トキワ荘』というハードよりも、『テラさん』というOSが日本や世界のマンガに与えた影響の凄さをものすごく評価しました。

しかし、同時に、名声やおカネに執着しなかった『テラさん』。僕個人的には「過去のこだわり」にも執着してほしくなかったな。そう思うと同時に、僕自身も『テラさん』と同じ轍を踏まないようにしないとな、と考えさせられました。なぜなら僕自身も『テラさん』と似たタイプの人間だと自己分析するからですw(ちなみにエスタークは『技術全振り』のコミュ障エンジニアw)

ただ「時代」もあるかなと。というのも、今なら有料noteやKindle 本出版、Amazon「ほしい物リスト」などでコアなファンに強く支持される「ファンベース」で人生をマネタイズすることもできたかもしれない。けして大衆受けしなくてもコアなファンから少しずつマネタイズしてLTVを少しずつ上げていく戦略。場合によってはクラウドファンディングで支援者も集められたかもしれないし、NFTで自分のキャラクターから永久にマネタイズできたかもしれない。

そしたら雑誌という紙のプラットフォームが無くなっても、noteやKindleというWEB上のプラットフォームを使って永遠に「自分の描きたいモノ」だけを描き続けられたのかもしれない。締め切りもないし、編集者からボツを食らうこともないし、ページの制約もないし、読者アンケートの結果も気にしなくていい。

さらにいうと、トキワ荘メンバーの中では知名度が飛び抜けて低く、さらにコミュニケーション能力さえも低い「森安なおや」さんはマンガだけでは食えなくなり、女房子供にも逃げられ、トキワ荘を出た後は職を転々としながらも延々とマンガを描き続けていたらしいです。で、今回、ネットで調べてみるとコアなファンが全国に一定数いるんですよねぇ。トキワ荘メンバーも彼の画力には一目置いていたらしいです。

森安なおやさんも残念ながらすでに故人ですが、自分の作品への『こだわり』が強く、さらにコミュニケーション能力さえ低くても、全国の固定ファンをベースに『作品』だけでギリギリメシが食えていく、いや、最悪、食えなくても、WEB上に少なくとも発表の場は与えられる、そんな時代に我々は生きているのだと思う。間に編集者や出版社や読者アンケートを挟まない「C to C」の時代。

もっというと、トキワ荘の時代は、夢を持った若者たちは20代前半で「夢か?就職か?」の選択を迫られていた。なので赤塚先生や藤子先生は一時期、夢を捨てて他の仕事を探そうとしていた。僕の時代でも20代で夢を追いかけて東京に出てきて、30代で「夢か?就職か?」を迫られて泣く泣く東京から都落ちして、実家に帰ってコンビニ店長、みたいな人が多いですけど、、、

今だったら10代から学校行きながら(なんなら学校も行かずに)自分の『作品』をYouTubeやブログやnoteやKindleやNFTでマネタイズしちゃって、家賃が発生しないうちにとっとと2500万円貯めてしまって▼『ミニマムFIRE』しちゃって、残りの人生は引き続きファンベース収益に加え、楽天証券のインデックス投資からの4%切り崩しの年収90万円ほどをベーシックインカムにして、引き続きファンベースで『好きな作品』だけを黙々とクリエイトし続けるハッピーライフに突入してもいいんじゃないかな?成人後の家賃は引き続き実家で子供部屋おじさん/おばさんし続けるか、移住促進している市町村で空き家やシェアハウスに安く済むか、家賃定額サービスのADDressとかを利用するのもいいかもしれない。ハッピーライフ&ハッピーホームのタマホーム作戦ですwあと、トキワ荘のような同志との交流はメタバース上ですればいいんじゃないかな?w

『楽天経済圏』で生きていく!「ミニマムFIRE」まで5~10年働けば到達できる時代に日本は突入!!

そんな人生と時代を教えてくれる『トキワ荘マンガミュージアム』と▼『まんが道』、是非セットで楽しんでみてはいかがでしょうか?特に人生に迷い気味の大人や、僕のようにいい歳して『夢追い人』な大人には強烈にオススメです!

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