絵に描いたようなロシア人的な考え方ですねツルゲーネフさん!
日本で言えば「東北人的」?
ま、『南国中年』の僕に一番欠けている部分ですw
▲ここに出てきた19世紀ロシア文学にしばしば登場する『余計者』っていうのが面白い。
貴族階級の青年知識人で、進歩的な思想を身につけ、優れた資質をもちながら、それを社会のために生かせず、決闘や恋愛遊戯などの馬鹿げたことに精力を浪費したり、無気力になって屋敷にこもったりするものが現れた。
俺のことか―!!!ww
用心と忍耐。
このふたつって本当に大事ですねー。
継続は力なり。
結局、何事も続けてる人が勝つんじゃないかな、と思います。
ここで僕が思うのは、『続ける』ってことの定義かなー、と思ってます。
形を変えたり、途中で中断しても『続けて』いる限り、いつか花咲く気がします。
例えば僕の知ってる奴に、サッカーか上手で、高校もサッカー推薦で静岡の高校に行った奴がいた。
でもそいつはJリーガーになるほどには上手くなれなくて、卒業後、就職。
でも5年ほどバリバリ働いて、営業成績もトップだったんだけど、
ある日、突然、なぜか死にたくなった。
自分でもその理由がわからなかったらしい。
で、
「どうせ死ぬなら京都だ。」
と言って、ある日、突然、仕事に行かずに新幹線に乗って、京都に「死にに」行った。
死ぬ前に酒でも飲もうと思って入った京都の居酒屋さんでカウンターの横に座ったサラリーマンが話しかけて来たので、少し話したあと、
「実は今から死のうと思ってるんです。」
と言うと、そのサラリーマンは、
「ま、生きてればそんな時もあるわな。」
と言った。
で、そいつはそれを聞いた瞬間、その場で大泣き(笑)
で、なんか死ぬ気になれなくて、そのまま静岡に帰ったら職場の人たちもかなり心配してて、母親も来ていた。
仕事がずっと止まっていたので、仕事を続けることは出来なくなったけど、上司がかなり多めの退職金を出してくれた。
母親もしばらくいたけど、実家に帰る前に旅の本を置いて帰った。
そいつは単純だからその旅の本をパラパラ読んでて、
「よし!旅に出よう!」
と思ったらしい。
英語は全くわからなかったので、まずニュージーランドに三カ月、語学留学。
英語で会話くらいは出来るようになったので、その後、東南アジアを北上し、中国ーラオス国境でバス待ちをしていた僕と出会う。
僕の方は僕のほうでアジア横断中だったので、いっしょにチベットに行く人間を探してた。
変な奴だし、旅の経験も浅いなこいつ、と思ったけど、真冬にチベットに行く人間なんていなかったから、しぶしぶそいつといっしょにチベットへ向かうことにする。
ゴルムドへ向かう電車の中でそいつは、
「俺、大学に行きたくなってきた。」
と言った、僕は、
「30代で日本の大学を出てもあんまり意味ないし、日本の大学は勉強するところじゃないし、飛び級もできない。英語をもう少し磨いてアメリカかイギリスの大学に行ってみたら?」
と言った。
そいつはその言葉通り、チベット横断後、ネパール・インドを旅し、パキスタンからイギリスへ飛び、その後、アメリカに飛んだ。
アメリカでは『スポーツマネジメント』という学問があることを知った。
その後、日本に帰ってきた僕と6畳風呂なしアパートでいっしょに住みながらバイトしてカネを貯め、アメリカの大学に入学し、2年半で飛び級卒業した後、アメリカの別の大学でスポーツマネジメントのMBAを取った。
その後は日本でその専門職で働いているらしい。
ま、狂ったヤツだったが、やりたいことを見つけるまでの途中、全く別の仕事(営業)やバックパッカーや学生してても、サッカーやスポーツを諦めなかった結果、今の仕事に結びついていったんじゃないかと思う。(死のうとしてたけどw)
大事なのは正攻法(Jリーガー)で上手くいかなくても諦めず、他の自分の得意なことややってきた仕事等を『組み合わせ』て成功させることなんじゃないかな、と思う。
と、言葉で理解しても、それを実行できる人間は少ないと思う。
それこそ本当に『用心と忍耐』の勝負だと僕は思う。
あ、こんなバックパッカーのしょーもない話が『バズってどうする!?』